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鬼平の妻女・久栄
◆「この機会(おり)をのがしては、もはや父の墓詣でもなるまい。おもいきって、京へ行って見たい」
と、平蔵は妻女の久栄にいった。
もちろん、久栄に否やのあるはずはなかったが、
「京には、いろいろとなつかしげなこともござりましょうほどに、ゆるりと行っておいでなされませ」
にんまりと、夫を見やった。
(三)盗法秘伝
◆長谷川父子が京都へ移ったのは、安永元年の秋のことで、折しも久栄は、長男・辰藏を身ごもっていた。
ときに平蔵は二十七歳。
妻女が懐妊中でもあり、放蕩時代の虫もしずまりきってはいなかったと見え、だいぶんに遊びまわったものだ。
年が明けてからも、平蔵の遊蕩はやまず、父が身重の妻をなぐさめてくれたのも、そのころのことであった。
(三)艶婦の毒
◆このとき、久栄は四十一歳。
十八歳の秋に長谷川平蔵の妻となってより二十三年。二男二女を生んでいるが、
「どう見ても、三十四、五」
の若わかしさだと、人びとはいう。
ふっくりとした顔だち、躰つきで、人がらもさばけており、それでいて奉公人たちが期せずして心服せざるを得ない威厳がおのずからそなわり、長男の辰藏宣義も、
「おやじよりも、おふくろさまのほうがおそろしいよ」
などと、遊び友だちにもらしている。
(三)むかしの男
◆久栄の父は、大橋与惣兵衛親英といい、二百俵どりの旗本で、神田・小川町に屋敷があってここがつまり、平蔵妻女の実家なのである。
久栄の母は、これも旗本の天野家の三女に生まれ、大橋与惣兵衛の妻となった。
いま、久栄の母方の実家は、久栄の母の兄・天野彦八郎義盈(よしみつ)が当主となり[御小納戸衆]という役目についている。
この天野彦八郎から、
「ぜひにも、長谷川平蔵殿へ、たのみたきことあり」
と、大橋家を通じていってよこしたのだ。
天野彦八郎は、久栄にとっては母方の(伯父)ということになる。
「おぬしの伯父ならば、おれにも伯父ではないか。かまわぬ、申してみよ」
平蔵が、いささかもこだわることなく久栄にいう。
久栄と夫婦になってからも、家をつぐ前の平蔵は[浮気の虫]がなかなかおさまらず、ずいぶんと久栄を泣かせたものだが、妻女の実家へ対する[こころづかい]は、むかしもいまも変るところがない。
「伯父か申しますには・・・・・」
いいさして、また、久栄は苦い薬でものみこんだような顔つきになった。
久栄は、この伯父・天野彦八郎が、
(大きらい)
なのである。
(四)密通
◆妻女の久栄が、そうしたおまさを見て、平蔵にいった。
「おまささんは、若いころのあなたさまのことが忘れられないのでございましょう」
「ばかな・・・・・なにをいい出すのだ」
「いえ、まことでございますよ」
「なれど、あのころ、おまさはまだ十か、十一で・・・・・おぬし、どうかしているのではないか?」
「なればこそ忘れられぬのでございます。それが、女というものでございます」
(四)決闘
◆「ま、水でも浴びさせてくれ、鬼平さんよ」
「一文もとろうとはいわぬ。好きに浴びて来い」
「では・・・・・」
裏庭の井戸で、水を浴びた左馬之助が平蔵の居間へもどって来ると、久栄の手でま新しい着替えも用意され、夕餉の膳の支度もととのえられつつあった。
「冷がいいね。銕つぁん」
「好きにしろ」
二人とも、むかしを忘れぬ茶わん酒となるのを、久栄が苦笑しつつ見つめている。
(四)敵
◆「今夜は、御出張りなさいませぬので?」
「この雨では、夜鷹殺しにも出られまい。そもそも、雨ふりには夜鷹が休みときまっている」
「ようご存知で」
「ばかめ」
「ほ、ほほ・・・・・ゆだんもすきもなりませぬゆえ」
「よい年齢(とし)をして、なにを申すか」
(四)夜鷹殺し
◆平蔵の妻女・久栄が、手づくりの白玉をはこんであらわれた。
「さ、おあがりなさい。よく冷えていますよ」
四百石の旗本の奥様みずから、女密偵おまさへ白玉をはこんで来てくれる。それもこれも夫・平蔵の若き日のことを久栄が、よくわきまえているからだろう。
おまさは感動し、涙をうかべつつ、白玉の鉢を押しいただいた。
「おれもなあ、おまさ。そんなものが好きになってしまった。もう老年(とし)だよ」
平蔵の声
久栄が、
「しかも、山のように白砂糖をかけぬと、お気にめさぬのですから・・・・・」
と受け、すぐに廊下へ出て行った。
(六)狐火
◆「お顔の色が、一夜で、見ちがえるように・・・・・」
「癒るときがきたのだ」
「まだまだ油断はなりませぬ。立泉先生は、三月(みつき)ほどやすむようにおっしゃったではございませぬか」
「ばかな。あれは冗談と申すものだ。三月も寝ていてみよ。おれが躰に黴(かび)が生えるわ。よいのか、それでも・・・・・黴だらけの亭主に抱かれて見よ、お前にも、その黴がうつってしまうぞ」
「ま、そのような大声にて・・・・・」
「もっとも、このごろは久しく、お前を抱かぬ。さて、この前はいつであったか・・・・・」
「おやめあそばせ」
(六)大川の隠居
◆「では、お帰りを待っておいで」
そういったが久栄は、
(もしや・・・・・?)
と、おもった。
いかに六十をこえた老人とはいえ、萩原宗順も男である。また、十五の少女とはいえ、およしも[女]になりかけている。その二人が二人きりでせまい家の中に暮しているのだ。久栄の危惧(きぐ)はそこにあった。
(私が、うかつだったのやも知れぬ・・・・・)
宗順が、およしにいたずらでもしたのではあるまいか・・・・・。
(六)のっそり医者
◆このところ、夫の気持ちが滅入りがちなのを久栄は知っている。
(何やら、むずかしい御役目でもあるのか・・・・・?)
それにしても、あまり食欲もないのが、久栄には気がかりであった。
(七)泥鰌の和助始末
◆もう八ッ(午前二時)をまわっていた。
しかし、平蔵の妻女・久栄は、いそいそと酒をはこび、うれしげにはたらいている。それもこれも、このところは苦渋にみちた明け暮れを送りつづけていた夫が、久しぶりに活気をみなぎらせ、密偵の粂八と熱心に相談をしているからだ。
二人の談合が、夜が明けるまでつづいた。
(八)流星
◆別に、久栄が頭を下げたわけでもなく、屈(かが)みこんだわけでもないのに、髪へさしこんだ笄(こうがい)が落ちたのも解(げ)せぬことなら、これしきのことで二つに割れたのもおかしい。
まさに、
(不吉な・・・・・)
ことではある。
久栄は立ちすくむかたちで、しばらくは落ち割れた笄を凝(じつ)と見おろしていたが、意を決したらしく、笄を拾いあげ、平蔵の居間へ取って返した。
「あの・・・・・」
振り向いた平蔵が、
「どうした?」
「こ、これを・・・・・ごらん下されませ」
「笄(こうがい)が割れた・・・・・」
「はい。廊下に落ちまして・・・・・」
「ふむ」
「おねがいでございます。今日は外出(そとで)をおやめ下さいますよう」
平蔵が、しずかに笑い、
「お前の、こころざしはうれしい。平蔵、たしかに受けたぞ」
「では、おやめ下さいますのか?」
「さて・・・・・これが、お上の御用なれば何といたす?」
「さ、それは・・・・・」
「出てゆかぬわけにはまいるまい」
「は・・・・・」
「久栄。よし、おれが身に万一のことがあっても覚悟の上ではないか。男には男のなすべきことが、日々にある。これを避けるわけにはまいらぬ・・・・・」
「はい・・・・・」
(九)本門寺暮雪
◆一同、水ぎわだった久栄の処置に唖然(あぜん)となった。
のちに久栄は平蔵にこう語っている。
「そのわけは存じませなんだが、まさに、青木どのは気が狂うた、と、おもいました。むかし、実家(さと)におりました小者が発狂いたしました折、亡き母が、これをなだめすかし、落ちつかせたときのことをおもい起し、そのように青木どのをあつこうたまででございます。狂人に対しては、こちらも狂わねばならぬと存じまして・・・・・」
さて・・・・・。
久栄は、青木助五郎をみちびきつつ、傍へ寄って来た沢田小平次へ、
「次の間に、ひかえていて下され」
と、ささやき、助五郎を書院へ案内した。
(九)狐雨
◆「急(せ)かして、すまなかったな。ま、あがれ」
平蔵が、おまさを居間へあげたとき、妻女・久栄が、冷えた麦茶と手製の白玉を盆にのせてあらわれた。
「おそれ入りますでございます」
と、おまさは、両手をつかえ、深々と、あたまを下げた。 いや、下げずにはいられない。
役目柄とはいえ、四百石の旗本の奥さまが、手ずから立ちはたらき、ことに、おまさへのこころづくしには、格別のものがあった。
(十)むかしなじみ
◆そこへ、久栄が茶と菓子を運んであらわれると、お熊が声をひそめて平蔵に、
「奥方さまかえ?」< /font>
「そうだとも」
「うへ・・・・・」
くびをすくめたお熊が、すっかり照れてしまい、ぺこぺこと久栄へ頭を下げた。
久栄は、すでに平蔵から、かの[寒月六間堀]事件やら[用心棒]の一件などで、お熊がつとめた役割をきかされている。
四百石の旗本の奥様が、親しげに、
「さ、お熊さん。こちらへあがって、お茶をおあがりなされ」
(十)お熊と茂平
◆「久栄・・・・・」
と、長谷川平蔵が五日目に役宅へ帰って来て、いつものうす汚れた変装用の着物をぬぎ、平服に着替えて、夕餉(ゆうげ)の膳に向ったとき、妻女へ、
「どうも、このところ、おもしろくて仕方がない」
「何がでございます?」
「こういうのを、化けのたのしみというのだ」
「化けの・・・・・?」
「つまり、自分でありながら、まったく別の人間に化けるたのしみ。まあ、役者になったような気分だな」
「まあ、そのような・・・・・」
眉をひそめる久栄に、
「人間はな、みんな、こうしたところがあるものなのだよ、久栄」
にやりとして、
「どうだ。明日は二人で、出かけて見るか」
と、いったものである。
◇
そうした或朝・・・・・。
居間で、長谷川平蔵の髪をなでつけていた妻女・久栄が、
「このごろ、ようやくに、臭いがとれました」
おもい出したようにいった。
「それほどに、垢臭かったか?」
「はい、それはもう・・・・・女中たちも閉口しておりました」
「だが・・・・・」
と、何やら遠いものを見つめるような眼さしになって、平蔵が呟(つぶや)いた。
「だが、おれにはたのしかった。できることなら、こんなに面倒な御役目を捨てて、乞食浪人になってみたいような気もする・・・・・」
(十一)土蜘蛛の金五郎
◆「これ、久栄。粂八にも茶を・・・・・」
「あ、とんでもございません。どうか、もう、おかまい下さいませぬように・・・・・」
侍女たちもいるが、平蔵の身辺の世話は久栄が一手にあつかう。盗賊改方長官夫人であり、四百石の旗本の奥様である久栄が手づからいれてくれる茶をのむのだから、粂八にしても五郎蔵・おまさにしても、
「あれには、どうも身が竦(すく)んでしまう」
なぞと、いい合っている。
なにぶん、身分の上下にやかましかった封建の世のことであったから、それも当然であったろうが、平蔵夫婦は、すこしも気にかけていなかった。
(十二)高杉道場・三羽烏
◆平蔵は、愛用の銀煙管で、かなり長い間、煙草を吸いながら沈思(ちんし)していた。
この間に、久栄が大きな湯のみ茶碗へなみなみと冷酒をみたしたのを持ってあらわれ、
「さ、おあがり」
にっこりと、伊三次の前へ置いた。
伊三次はひれ伏したが、久栄が去ると、たまりかねたように茶碗を手に取り、これを押しいただいてから、
「こく、こくこく・・・・・」
と、微(かす)かに喉(のど)を鳴らしつつ、一気にのみ終えた。日がないちにち、足を棒にして尾行をつづけ、疲れきっていた伊三次にとって、何よりも欲しかったのは、
(この一杯(いっぺい)・・・・・)
であったろう。
久栄は、平蔵に命じられて酒を運んできたのではない。
それだけに、伊三次の感激は大きかった。
(十二)見張りの見張り
◆自分だけではなく、老密偵・相模の彦十やおまさも、単調な湯治暮しにうんざりしているらしい。それはそうだろう。もともと彼らは健康なのだ。平蔵の妻・久栄にしても、熱海へ来て十日ほどは何も彼も物めずらしく、少女のようにはしゃいでいたが、ちかごろは、
「お湯で、躰が、ふやけてしまいそうでございますよ」
などと、いい出す。
女だけに、江戸の屋敷のことや、留守をしている息子の辰蔵のことなども気にかかるのであろう。
(十三)熱海みやげの宝物
◆夫の平蔵が外へ出ている間は、気が気でない。
これまでに数えきれぬほど、血なまぐさい事件の渦中へ飛び込んで行き、そのたびに、無事でもどって来てくれた夫なのだが、
(ちかごろは、お若いころとちがい、めっきりと躰もおとろえたような・・・・・)
気がしてならない久栄であった。
(烈しい御役目を長くつづけられ、お疲れが積み重なって、どこぞ、お躰でも悪いのではあるまいか・・・・・)
久栄は、日中から炬燵(こたつ)の中で、すやすやとねむっている夫を見て、堪えがたい不安に襲われることがあった。
平蔵が役宅を出ていった後、久栄は仏間へ入り、
(今日の、お見廻りが無事に相すみますよう・・・・・)
祈りつづけた。
(十三)春雪
◆「では、まだ、御役宅へ引き取るわけにはまいりませぬか?」
久栄は一日も早く、伊三次を役宅へ引き取
、こころゆくまで看病をしてやりたいらしい。
盗賊あがりの密偵とはいえ、伊三次たちが、それこそ一命をかけて、御役目の陰にはたらいていることを、久栄はよく察知していた。
「まだ、むりじゃ」
「伊三次も、他家の御厄介になっているのでは、さぞ心細いことでございましょう」
(十四)五月闇
◆「辰蔵このところ、いささか、ふところがさびしくなっております」
甘え顔にいい出すのを、久栄がきっとにらみすえて、
「何事です、その物のいいようは・・・・・」
「物のいいようと申されましても・・・・・あの、小遣いが・・・・・」
「いまのお前さまに、小遣いなど要りましょうや」
「ですが、母上・・・・・」
「おつつしみなさい。父上や沢田が、いのちがけにて御役目を相つとめられますことを何とお考えですか。このことを父上に申しあげてよろしいのか」
きびしく叱りつけられ、ほうほうの態(てい)で自分の部屋へ引きあげて来た辰蔵が、ぺろりと舌を出し、
「鬼婆あ」
と、つぶやいたものだ。
(十五)特別長篇 雲竜剣 赤い空
◆それより少し前に、久栄が自分の部家へもどり、奥の納戸へ声をかけた。
「これ、辰藏。間もなく父上は御役宅をお出かけになられます。今夜は只事ではない。お前がもし、父上の御役に立とうという決心なれば、ひそかに後へ従い、父上の御身をおまもりなされ。さ、早う支度を・・・・・母はいま、与力部家へ行き、父上の行先を、それとなく尋ねてみましょう」
(十五)特別長編 雲竜剣 秋天清々
◆「それよりも、明日、目白台へ使いを出しておけ」
「何とでございます」
「父の御役目が手不足(てぶそく)ゆえ、手つだいにまいれと、な」
「それは何よりのことでございます。たまさかには御手許へお置きあそばし、きびしゅう御仕つけになりませぬと・・・・・」
「おお、そのことよ。ついでに、こう申しておくがよい。こたびは命がけのことゆえ、充分に刀の手入れをしてまいれと、な・・・・・」
久栄は目をみはったまま、沈黙してしまった。
平蔵が、くすりと笑い、箸を手に取った。
(十五)特別長篇 雲竜剣 急変の日
◆長谷川平蔵の妻・久栄が、居間へ入って来て、
「あの、お仕度(したく)を・・・・・」
と、いったのは、平蔵もすぐさま出張るものとおもったからであろう。
「何の支度じゃ?」
「あの、お出張りに・・・・・?」
「まあ、そのように追い立てるな」
「殿さまを追い立てるなぞと、何で私が・・・・・」
「怒ったのか?」
「存じませぬ」
「怒るな、怒るな。それよりも先ず、腹ごしらえじゃ。このごろはな、久栄。御役目よりも先ず食い気じゃ。あは、はは・・・・・」
「まあ・・・・・それでは辰蔵と同じではございませぬか」
(十六)白根の万左衛門
◆「殿さま・・・・・」
「うむ?」
「あの・・・・・昨夜は、危い目に・・・・・?」
「うむ。まさに、危いところであったわ」
半身を起した平蔵が、
「どうじゃ。まだ、わしが死んでは困るかな?」
「何を、おっしゃいますことやら・・・・・」
「では、藤堂候(こう)・下屋敷の中間たちへ礼をいわねばなるまい」
「ま、それはいったい、何のことでございましょうか?」
「あの二人の中間が、ちょうどあのとき、酒をくらいに出て来なんだら、いまごろ、わしは、三途の川へ辿(たど)りついていたことであろうよ」
久栄が、平蔵を睨(にら)むように見据(みす)えた。
冗談にも程があるとおもったにちがいない。
「おお、怖(こ)わ」
立ちあがった平蔵が、くびをすくめて見せた。
(十七)特別長篇 鬼火 危急の夜
◆久栄も、四十をこえた夫の平蔵が、血なまぐさい事件に関わり合う明け暮れが辛くなっているらしい。おもてには出さぬが、平蔵にはよくわかる。
「たがいに、年をとったゆえ、な・・・・・」
懐中から、金を出して酒井へわたし、
「帰り途に、昌平橋・北詰の近江屋という菓子舗(みせ)へ立ち寄り、羽衣煎餅という薄焼の砂糖煎餅を一包み買って、久栄へわたしてくれ。さすれば、わしが無事でいると、婆さんの気も安まろうよ」
「しかと、うけたまわりました」
「回り道になる。駕籠を拾って行け。よいか」
「はい」
「よし、行け」
近江屋の羽衣煎餅は、むかしから、久栄の大好物なのだ。
(十七)特別長篇 鬼火 見張りの日々
◆五郎蔵が、おどろいて、「あの、奥方様に何ぞ・・・・・?」
「風邪をひいたらしい。いま、風邪のほうで逃げ出しかけているところよ」
「御冗談を・・・・・」
「しぶとい女の躰に取りついたところで、風邪の神め、どうしようもないわ」
(二十)寺尾の治兵衛
< font size="3">🔶夫が火付盗賊改方に就任するまでは、着替えも、髪も、侍女や家来たちにまかせていた久栄なのだが、就任後は、努めて他人の手をわずらわせることなく、平蔵の身のまわりの世話をするようになった。
それというのも、夫の平蔵が一身の栄達や名誉などを、いささかもかえりみることなく、
「この御役目こそ、おれにぴたりと似合っている」
そういって、命がけではたらきはじめたのを知ったからであろう。
(二十二)逢魔が時
🔶長谷川平蔵は、今日も外へ出ようとしなかった。
居間に坐ったきりの平蔵は、妻の久栄にも口をきこうとしない。
「これから先、どのようなことが起るのやら・・・・・」
と、久栄は、坪井道場の稽古を早目に切りあげ、役宅へ立ち寄った長男の辰蔵へ、たまりかねたようにいったものだ。
「母上。私もあれから囮(おとり)になったつもりで、出歩いているのですが、曲者は一向に・・・・・」
「まあ、よして下され。お前は、よけいなことをしなくてもよいのです。この上、まだ、私に心配をかけるおつもりか!!」
いつになく、久栄の声は激しかった。
(二十二)特別長編 迷路 梅雨の毒
🔶「もし・・・・・」
背後で、久栄の声がした。
「おお・・・・・何じゃ?」
「この御薬湯を、おあがり下さいませ」
「わしは、病気ではないぞ」
「いえ、これは、ずっと以前に、井上立泉先生がわざわざおとどけ下された御薬湯にて、ぐっすりとおやすみ遊ばすためのものにございます」
「眠り薬か・・・・・」
「とも申せませぬ。お疲れもとれるとか・・・・・」
「それは知らなんだ。よしよし、いただこう」
平蔵は坐って、素直に薬湯の茶わんを手に取った。
薬湯をのむ長谷川平蔵の顔に、憔悴(しょうすい)の色が濃い。
久栄は、夫の顔を凝(じっ)と見まもった。
(二十二)特別長編 迷路 座頭・徳の市
◆平蔵は苦笑と共に自宅へ入り、自分とお園との関係を久栄のみに打ちあけ、
「よいか、たのんだぞ」
「はい。なれど、これより、どうなされ まする?」
「あの女に打ちあけたがよいか、どうかじゃ。あの女・・・・・いや、妹は、おのれの父に死別をしたとおもっている。ま、おれの父上とも死別は死別だが・・・・・」
「はあ・・・・・」
「あれで父上も、隅におけぬお方であったな。うふ、ふふ・・・・・」
「殿様のほうは、大丈夫でございましょうな?」
「おれか?」
「はい」
久栄に、凝(じつ)と見つめられ、
「さて・・・・・隠し子の一人や二人、いるかも知れぬぞ」
「まあ・・・・・」
(二十三)特別長編 炎の色 隠し子
🔶お園・・・・・長谷川平蔵の亡父・宣雄の隠し子で、平蔵にとっては腹ちがいの妹ということになるが、それを知っているのは、役宅の内で平蔵夫婦のみであった。
お園も知らぬ。
知らぬが、いつの間にか、役宅へ住みついてしまい、女中たちと同じように立ちはたらくようになってしまった。
「これまでのことを思えば、御役宅は極楽でございます」
と、お園が平蔵の妻・久栄に洩らしたそうな。
「さぞかし、ひどい苦労をして来たのでございましょう」
久栄は、すべてを打ちあけてやりたいらしいが、平蔵は、まだその気になれぬ。
(二十三)特別長編 炎の色 夜鴉の声
🔶長谷川平蔵は、この腹ちがいの妹を、何のつもりで御役目にはたらかせているのであろう。
このことを知ったとき、妻の久栄は、めずらしく強い口調で、
「お園さんが事情(わけ)を知らぬからとは申せ、もしも万一、危い目にあったなら、亡き義父(ちち)上に申しわけが立ちませぬ」
平蔵に言い出たが、
「ふむ・・・・・」
軽くうなずいたのみで、平蔵は取り合おうともしなかった。
(二十三)囮
🔶この夜は、月が冴(さ)えた。
縁先へ立ち、庭にすだく虫の音を聴いている平蔵に、居間へ入って来た久栄が、
「明夜は、十五夜でございますな」
「お・・・・・・もう、そうなるか」
「月見の仕度を、いたしておきましょうや?」
「ふうむ・・・・・・」
「ちかごろは、御役目が、何やらあわただしげに・・・・・・」
「そうおもうか?」
「はい」
久栄ですら、そのように感じているのだから、役宅の与力・同心たちも、
(何かあるにちがいない)
と、看ているに相違ない。
「よし。明日は月見をいたそう。仕度をしておくがよい」
「心得ましてございます」
「そうじゃ。目白からせがれをよんでやれ。泊りがけでまいれと申してやれ」
「はい」
「あ、待て」
「何ぞ?」
「近ごろ、役宅に、新しい奉公人が入っているか?」
「いえ、別に・・・・・・ただ、台所の下女をひとり、新しく入れましてございます」
「台所の、な・・・・・・」
「はい」
「よし、わかった」
(二十三)特別長編 炎の色 盗みの季節
◆「お前さまは今朝、何処へ行かれたのです?」
「父上のお使いにまいりました」
「ですから何処へ?」
「白粉をつけた人のところへ・・・・・」
いいかけた辰藏の手の甲を、久栄が、ぴしゃりと叩いた。
「そのような、たわむれ言(ごと)はゆるしませぬ」
「気になりますか、母上」
「お黙りなさい」
「これにて、ごめん下さい」
「これ、辰藏」
くびをすくめて出て行った辰藏は、すぐにまた何処かへ出掛けた。
今度は、役宅内の馬屋から栗毛の一頭を引き出し、これに打ちまたがり、裏門から出て行ったのである。
(二十三)特別長編 炎の色 押し込みの夜
◆辰蔵は、すぐに母久栄の病間へおもむき、
「おかげんは、いかがでございますか?」
殊勝(しゅしょう)にいうや、久栄が、
「ま、気味の悪い。今日は、お前へつかわす遊び金などありませぬ」
「母上。母上・・・・・・」
「およしなされ。お前から、そのような甘え声を聞くと、母は熱がまた上がってしまいます」
「これはしたり。私は父上から先程も、よき跡継を得た、と、ほめられたのでございます」
久栄は本当にせず、笑い出して、
「まさかに、そのようなことがあろうはずはない」
「ですが母上。私は今夜から役宅へ泊り込みます。いえ、まことに。これは何かあるにちがいありませぬ」
「久しぶりに、父上が剣術の稽古をして下さるのでしょう」
「まさか、辰蔵は、もはや子供ではありませぬ」
だが、それは久栄のいうとおりになってしまった。
(二十四)ふたり五郎蔵
◆久栄の実家の大橋家は二百俵の幕臣で、以前は屋敷が本所・入江町にあり、しかも長谷川家に隣り合わせていた。ゆえに久栄は、平蔵の若き日の姿を見知っているし、十一屋の御用聞父子のこともわきまえている。
乳房 十一屋語り草
平蔵の妻・久栄に関わる者
長谷川辰蔵
・さよう、変った事があるというなら、この一事だ。
長谷川平蔵の長男・辰蔵が、十五夜の月見にあらわれて以来、目白台の私邸へは帰らず、ずっと役宅にとどまり、父母と共に暮しはじめたのである。
(二十三)盗みの季節
長谷川平蔵
・むしろ、すべてを彼らに打ちあけ、総動員の手配りをしたほうが、
(よいのやも知れぬ)
おもうのだが、その平蔵の脳裡に浮かぶのは、峰山の初蔵の顔であった。
自分が最小限の手配をおこなっているのと同じように、初蔵も自分に対して注視の目をゆるめていないであろう。
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