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身体が泥のように重い
けれども、嫌な感じは無くて
何だか充実したような感じなんだ
ベッドは、僕の部屋に有る寝れればそれで良い、
と選んだそれとは違って、足がはみ出る事も無い
ここって一体どこなんだろう
もしかして夢なのだろうか
夢だったら、きっとあの人の影も追い掛けて来ない筈
だから、このまま寝心地の良いベッドで眠ろう
そう思ったら、何か違和感を感じた
「…っふ……」
思わぬ刺激に身体が跳ねた
あの日からずっと、性欲だって大して湧く事が無かった
あの人との夢だって見ていないから、
こんな事…
「…あっ…」
「チャンミン？ごめん、起こしちゃったかな…」
「えっ…あっ…」
思い出した
僕は、チョンチーフの家で彼に抱かれて、
そのまま意識を飛ばしてしまったんだ
「そんな不安そうな顔しないでくれよ
後処理をしないと良くないと思って…」
「だからって…んっ……自分でします」
横向きに寝そべる僕
チーフはベッドに座って、僕の…
チーフを受け入れた場所に指を入れて、
なかのものを掻き出している
自分でする、と言ったのに、
優しくなかに進むチーフの指は止まらなくて
まだ熱を持った奥が疼いてしまう
「あの…っ…僕、どれくらい…」
声は情けなく掠れて、それに少し裏返っていた
寝室の電気はついているけれど、
窓の外は暗い
「ん？ものの10分…いや、20分かな？」
「あ、本当に？良かったです…っん」
まだ指は僕の奥を掻き回すから、
背筋に電流が走る
「チーフ、自分でします…だから…っあっ」
口を手で抑えて振り返ったら、漸く指が抜かれた
少しだけ身体を起き上がらせた
シーツは掛けて有るけれど僕は裸で、
チーフはしっかり下着だけ穿いていた
恥ずかしくて少しだけ睨んでみたら、
いつもの明るい笑顔で、その上愛おしそうに笑う
「…痛くない？大丈夫だった？」
「…そんなの…
チーフが一番良く分かってるんじゃないですか」
歓迎会の夜、そして、昨夜、二度チーフに抱かれた
けれどもそのどちらも痛みを伴うもので…
昨夜は切れたりする事は無かったけれど、
それでも快楽よりも圧迫感の方が大きかったんだ
でもさっきは、男なんて僕しか知らないチーフに
丁寧に解されて、焦らされて奥を支配された
僕を抱いたのは普段の…誰にでも優しいチーフでは無くて、それなのに、必死に僕が痛くないように、と配慮しながら抱いてくれた
「俺が思った通りで合ってるの？」
「…っそんなの態々言わせないでください」
じわじわと迫り上がる感覚に僕は翻弄されて、
理性なんて無くしてひとりで善がった
『ユノ』と何度も何度も名前を呼んだ
一番奥にチーフのものを受け止めて、僕も吐き出して、
それから意識を手放したんだ
シーツを肩から掛けてベッドに座って、
着ていた制服のシャツを床に探していたら
やっぱりチーフは嬉しそうに笑うんだ
「俺が思った通りなら、チャンミンは言葉でも…
身体でも、全身で俺を『好き』って、
そう言ってくれてたけど？」
「…チーフはデリカシーが無いです」
隠さないといけない想いなのに、
もう居ないあの人と一緒に生きていく僕にとっては
今だけの恋なのに、チーフは傷痕の理由を知っているのに…
どうして何も無かったように、
まるで僕に傷なんて無いように笑うんだろう
そんな訳ない、なんて思いながらも右手で首を擦ると
当たり前のように盛り上がったケロイドが有って、
見なくたってそれがとても醜いんだと分かる
傷に触れると、すぐにあの日が僕に襲い掛かる
シーツに包まっているのに寒い
意識を失う時の、身体が冷えて動かなくなる感覚
その時の痛みは忘れたって記憶は無くならない
抱かれている時は幸せだった
想いが通じ合うなんて、もう僕の人生では訪れないし
あってはならないと思っていたから
けれども、この傷痕が有る以上
あの人から離れる事はやっぱり出来ないんだ
「傷が痛むのか？2年、だよな…
完璧に塞がってはいるけど…
やっぱり痛む事が有るんだな」
「チーフ、びっくりさせないでください」
気が付いたら目の前に小さな顔が有って驚いた
ベッドから降りて、僕を覗き込んでいる
何度か瞬きをして、
「チャンミンがぼうっとしてたからだよ」
なんて悪びれる事も無く言う
「チャンミン、さっきからまた戻ってる」
「え？」
「ユノ、だよ」
「…まだ呼び慣れません」
「じゃあ慣れるまで練習だな
いつまででも待つよ」
その笑顔を見ていると、
例え一時でも傷が有る事を忘れられる気がする
チーフと出会った頃は、惹かれていると自覚したら
まるで僕の中のあの人が駄目だと言うように傷が痛んだ
けれど、チーフの、ユノのあたたかさに触れて、
彼の笑顔を見ていたら痛みを、そしてあの人を少しずつ忘れて、ユノで塗り替えられるような感覚になったんだ
「チャンミンの傷、体温が上がると色が変わるんだ
それが凄く綺麗で…
抱いている時にそうなると、
俺を求めてくれているんだって思えるんだ」
「そんなの…ユノは変わってます…」
どれだけ突き放そうとしても、
僕を好きだなんて言ってくれる
こんな人、きっともう現れる事は無いのだろう
本当に突き放すのなら、まだ言っていない事が有る
『その事』を伝えれば
ユノは離れて行ってしまうかもしれない
でも、今の僕には、ユノを好きになってしまった僕には
自ら言う事なんて出来ない
少しでも長く一緒に居たいから…
目が合うと大丈夫だよ、と言うように笑う
ユノの笑顔は、まるで僕の薬みたいだって…
そう思ったんだ
………………………………………………
「2日も連続でお互いの家に泊まるなんて…
もうこんな事しません」
「え？何で？付き合い始めたばかりなんだし…
仕事に影響が出ない程度なら大丈夫だよ」
ユノの最寄り駅
地下鉄のホームで
百貨店の最寄り駅へと向かう電車を待つ
結局昨夜はあの後シャワーを浴びて…
それが何故かふたりで、になって
気が付いたらそのまま求め合ってしまった
「……っ」
思い出して顔が熱くなって、頭を降った
「好きだよ、チャンミン」
「外では変な事言わないでください…」
耳元で囁かれて震えた
きっと今、チョーカーの下の傷痕も
赤くなっているのたろう
チーフがこちらを見ると、
それすらも見透かされているようで恥ずかしかった
………………………………………………
今日はチーフとふたり、遅番だから
出勤したらもう今日のスタッフは揃っていた
連絡事項を引き継いでいたら、
早番のスタッフが言ったんだ
「そう言えば、外商部のマネージャーがさっき来て…
今日、他の店の外商顧客様が
うちの百貨店に来店される予定だそうです」
「そうですか」
「女性で、靴と化粧品がお好きだそうで…
このフロアにも来られるだろうから失礼の無いように、との事です」
チーフは「分かった」と笑顔だ
もしもその、外商顧客がこのカウンターに来店したら、チーフが接客する事になるのだろう
彼の顧客には古くからの外商も多いようで、
特に女性には人気が有る
顔も良いし技術も有って、
優しければ客だろうがそうで無かろうが、
誰だってチーフに惹かれる
だからこそ、どうして男で傷も有る僕に…
なんて思ってしまうんだ
最後まで説明を聞こうと思ったら、
お客様に声を掛けられて接客に入ってしまった
どうせ僕が大事な、しかもうちでは無く他の店の外商顧客を接客する事は無いだろうから安心しきっていた
僕はきっと、チーフに出会って
想いを寄せられてそれに応えて
救われた気持ちになってしまって…
『あの人を裏切ってはいけない』
なんて思いつつも、もう既に
とっくにあの人を裏切っていたんだ
だから、過去が僕を襲うのだと…
僕は思い知らされる事になるんだ
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